Osaka University of Tourism’s
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「日本文明を読む」第8回 吉田松陰の熊取行、そして『孫子』読解
幕末の志士の先駆けとなった長州藩(今の山口県)の兵学者?吉田松陰(1830~59年)は、北は青森、南は熊本まで、ほとんど日本全国を旅したことでも知られる。残念ながら北陸や鹿児島には足を運んでいないが、当時の旅の大変さを思えば、致し方ないところだろう。
日本全国を旅したということは、大阪観光大学のある熊取にも来たということである。松陰の日記『癸丑(きちゅう)遊歴日録』に、その足跡が記されている。「癸丑」は暦を記す干支の1つで、西暦に換算すると1853年。ペリーの黒船が浦賀を訪れ、幕府に開国を迫ってくる、その3か月ほど前のことであった。
何ゆえに、熊取に来ることになったのか。前年の東北行で親しくなった友から、師への伝言をことづかったことが、話の発端である。松陰は、その師 ── 大和五条の学者?森田節斎 ―― を訪ねて、すっかり彼の学問に魅了されてしまった。節斎は、当時の最高学府であった江戸の昌平坂学問所に学び、尊王攘夷を唱えた俊才である。興に乗って話を聞くうちに夜半に及んでしまい、「快甚(はなは)だし。遂に宿す」と、松陰は日記に綴った。その翌日から、たまたま、節斎には長く家を空けなければならない用件があったために、松陰も同道することにしたのであった。
富田林から岸和田へと、道中と逗留をともにしながら、諸事を論じながらの毎日が過ぎ、熊取までたどり着いた。「岸和田を発し、熊取の中左近(なかさこん)の家に至る、二里」。中家は、かつて後白河法皇が熊野行幸の折に仮御所とした由緒ある旧家であり、現在では「重要文化財 中家住宅」として一般公開もされている。節斎と松陰は、三日滞在した。熊取の知識人も交えて、当時大陸で起こっていた大きな内乱 ── 太平天国の乱 ── の行方など、時事問題についても語り合ったようである。
松陰を夢中にさせた節斎の学問とは、どのようなものであったのか。『癸丑遊歴日録』には、節斎が「常に曰く、『議論は皆孟子七篇より出で、叙事は皆史記より出づ』と。而して諸子中独り孫子を推す」とある。江戸時代の日本人は漢文を特に好んで読んだから、儒学の古典『孟子』や司馬遷が書いた歴史書『史記』を重視するのは分かる。しかし、兵学の古典『孫子』は、泰平の時代にはしばしば軽視された。人としてのあるべき道を説く儒学者たちは、人を殺す戦争を論じた『孫子』を、軽蔑しさえすることがあった。それをあえて節斎が論じ、達意の文章論で緻密に解析して見せたことも、兵学者であった松陰の心を捉えたのである。
結局、節斎の下で、松陰は2か月ほどを過ごすことになった。このまま節斎に学び続けようかと大いに迷ったが、やはり江戸での兵学修行を再開することに決めて、一路東へ向かったのである。そして、彼が江戸に着いた折も折、ペリー率いる黒船四隻が来航。幕末維新の動乱の序曲が始まり、松陰は、兵学者として日本を守るべく奔走することになる。
さて、『兵学者吉田松陰?戦略?情報?文明』(ウェッジ)を書いてからしばらく経つが、久しぶりに単著『吉田松陰『孫子評註』を読む』(PHP研究所[PHP新書]、12月16日発売(予定))を出させていただくことになった。松陰が生涯の導きとし、節斎にも教えを求めた、兵学書の古典『孫子』。彼が松下村塾でそれを講じた成果が、主著『孫子評註』である。久坂玄瑞や高杉晋作といった弟子たちも大切にしたこの本だが、あいにく『孫子』の初学者向けには書かれていない。松陰の挙げる事例も、太公望呂尚や伍子胥や韓信や諸葛亮孔明、源義経や楠木正成や毛利元就や徳川家康などなど、それに加えて幕末の時勢といった、古今の広範囲にわたってしまっている。
それらを可能な限り分かりやすく解き明かそうというのが、本書『吉田松陰『孫子評註』を読む』の主旨である。また執筆にあたっては、松陰が当時の具体的な時事問題とも結びつけて考えたのと同じように、今日に至る日米中戦略関係なども念頭に置いた。諸賢の御批評を賜れれば幸いである。
「日本文明を読む」バックナンバー
【第7回】私も「タモリ」になりたい
/passport/column/306.html
【第6回】藤田雄二『アジアにおける文明の対抗』(御茶の水書房)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=54
【第5回】NHKスペシャル『総理秘書官が見た沖縄返還 発掘資料が語る内幕』(NHK / 2015年5月9日放映)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=41
【第4回】榎本正樹『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。全話完全解読』(双葉社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_43.html
【第3回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)?追記
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_42.html
【第2回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_38.html
【第1回】高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_35.html
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